ちくちくと。~声に出せないほんとのところ~

私の病気のことや、趣味について書いてます。扱っている話題については基本ノンジャンルです。

「場面緘黙症」という病気について

そういえばまだ私の病気のこと書いてなかったので。

場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)という病名を知ってる人はどのくらいいるのでしょうか?
多分大学時代に心理学を専攻していたとかじゃない限り、ほとんどの人が知らないと思います。

今回はこの比較的マイナーな(多分)病気について書いてみようと思います。
(周囲に場面緘黙症の人がいないので、私の経験から書いていきます)

症状

言葉を話したり理解する能力はほぼ正常であるにもかかわらず、幼稚園・保育園や学校などの社会的な状況で声を出したり話したりすることができない状態を言います。体が思うように動かせない緘動(かんどう)という状態になることもあります。声の出しにくさ、話しづらさは、場所やそこにいる人、活動内容によって違ってきます。また、すべての生活場面で話すことができない状態を全緘黙といいます。現在、日本では場面緘黙心因性とされており、情緒障害教育の対象となっています。

海外では、場面緘黙は小児期の不安障害であり、「自分が話す様子を人から聞かれたり見られたりすることに怖れを感じる」恐怖症の一種ととらえ治療や支援を行なうという考えが主流となっています。また、原因については、おそらく不安になりやすい生まれつきの気質がベースとしてあり、そこに複合的な要因が影響していると考えられています。

これまでは、「場面緘黙は大人になれば治るもの」と考えられてきました。しかし、そのままにした場合、うつ的症状や不登校へとつながるケースも見られます。海外の資料によれば、たとえ発話ができるようになったとしても、成人後に社会不安障害などに悩まされることも多く、早い時期からの適切な対処の重要性が強調されています。

かんもくネットより)

要するに、家から一歩外に出たらサイレスがかかった状態だと思ってください(FFやってる人ならわかるはず)
以下の動画を見てもらえると、より分かりやすくなると思います。


場面緘黙症(選択性緘黙)


ハートネットTV 「場面緘黙症 selective mutism」

経過

私がしゃべれないことに初めて違和感を抱いたのは、幼稚園の頃。
家では普通にしゃべっていたので、幼稚園に行くと何で声が出なくなるのか、自分でも全くわかりませんでした。

しゃべれなくなったきっかけも特にありません、というか、もう覚えてませんw
ただ、母が言うには幼稚園の担任が変わってから幼稚園に行くのを嫌がるようになったということなので、もしかしたらそこにヒントがあるのかもしれません。
(確かに新しい担任が嫌だったことは今でもはっきり覚えています)


そこから私の学生生活はとんでもなく紆余曲折あったのですが、中学校卒業間際になって、ようやく少しずつ声が出るようになりました。
きっかけは、当時飲んでいた精神科の薬の離脱作用でひどい鬱状態になったことから立ち直り、支えてくれた親や当時の担任の先生、友達に感謝できるようになったこと。
ここは私の人生において、大きなターニングポイントになりました。
真っ暗なトンネルから抜け出したような清々しい気持ちは、今でも忘れません。
まぁ、その後もいろいろあるんですけど...。

新たな壁「社交不安障害」

高校は通信制に通い、大学は通信ではない普通の大学に通いました。
ここで再び悲劇の始まりになります...。

大学で友達ができたものの、やはり私は「人に自分から話しかける」ということが苦手でした。
緘黙が治ったとはいえいきなり話せるようになるわけではなく、後遺症も少し残っていました)
特に私が通っていた大学は規模が小さく学生同士の交流が活発なところだったので、そこが余計にネックだったというのもあるのかもしれません。


あるとき友達に呼び出されて、「一人で悩みを解決できないこと」「積極的に友達を作れないこと」について強く叱責されました。
当時はそれまでずっと一人でいることが多く、ここまで一気にたくさんの友達ができたことがありませんでした。
だから大きな環境の変化にすごく戸惑いがあったし、大学生活が始まってからは常に不安がつきまとっていました。

だからこそ、その友達にもその不安な気持ちを打ち明けていたのですが...。
一番信頼していた友達に理解してもらえなかったのは、とてもショックでした。

結局その後はその友達とは一緒にいることはあってもどこか関係がぎくしゃくしてしまい、周囲の友達も心なしか距離を取るようになりました。
(結局何人かの友達は残ってくれたのと、別の友達ができたので孤立はせずに済んだのですが)

一番信頼していた友達に辛い気持ちを理解してもらえなかったのはショックだったし、それ以降何人かの友達が離れてしまったのもショックでした。
しかし、「このままではいけない」と、私は頑張り続けました。
苦手な接客のバイトにも初めて挑戦したし、学内で知り合った人に自分から話しかけようと努力もしました。
でも、結局は自分がボロボロになっただけでした。
それだけでなく、「周囲の人と関わるのが怖い」とさえ思うようになりました。
これが、社交不安障害になるきっかけでした。

緘黙で悩んでいる人に伝えたいこと

結局大学卒業までボロボロの状態で過ごし、鬱や不眠に悩まされた挙句就職活動もままならなくなりその後はフリーターになりました。
一度運よく就職することができたのですが、結局は悪化して体調も精神面もダメになりました。

何度でも言いたい、無茶だけはするな

私がここで何を訴えたいかというと、無茶だけは絶対にするなということです。

接客のバイトをしていた時や自分から人に話しかけようと頑張っていた時は、私自身「ここで頑張れば絶対に良くなる」と信じていました。
しかし、最終的には良くなるどころか悪化していくだけだった。
(病院を変えた時にこの話をしたら先生にびっくりされましたw)

このときの私の何がダメだったか-それは、おそらく設置したハードルの高さです。
例えて言うなら、ネズミが1mの高さで高跳びをするようなもんでしょうか。

今更悔やむのも遅いですが、本来なら心理カウンセリングを受けながら、ちょうどいい高さのハードルを探りながら克服していくべきだったんですよね。
いわゆる暴露療法と同じです。

特に接客のバイトは、緘黙を持つ人にとっては非常に大きな負担を伴うのではっきり言ってしまうと「危険」です。
(私はダメだったけど、中には「良くなった」という例も聞いたことがあるので一概には言えないようですが...。)
もし接客の仕事をしてみようと思ったら、自分の今の状態をしっかり見極めるか、専門機関に相談してからの方が良いかと思われます。
接客に限らず、働くことに関しては石橋を叩きすぎるぐらい気を付けた方がいいです。

無茶をしすぎるのは危険だということは、このブログを通して何度でも伝えていきたいですね。

何も知らない周囲の人達の言うことを、真に受けてはいけない

前述の友達もそうですが、彼女はおそらく私に「何かあっても、自力で解決できる力をつけてほしい」と思って私を叱責したのだと思います。
しかし、結局私は頑張りすぎて病気になってしまいました。

ここで強調しておきたいのは、「普通の人が当たり前にできることでも、緘黙を持つ人にとっては困難な場合がある」ということです。
それは大きな声を出すことだったり、他人に話しかけることなどということになります。
周囲の人たちは、これを緘黙を持つ人に強要するべきではないのです。

ただ、緘黙の人たちにとっても、自分が緘黙であることを人に打ち明けるのはとてつもない負担がかかります。
致し方ないですが、もし他人からしゃべらないことについて何か言われても「今の自分には無理だから」と開き直りましょう。
(もちろん、「」の箇所は言わなくていいです)
できないもんはできない。そう思うことで、少し気持ちが軽くなるんじゃないかと思います。

ちなみに、大声を出すことを強要されたり、「甘え」などの暴言を吐いてくるような奴は論外です。
これ、やられると緘黙持ちにとってはとてつもなく傷つきます。ハラスメントで訴えてやる!
基本的にこういう人の言うことはガン無視でOK。相手にしないようにしましょう。

治すには、周囲の人たちの理解が不可欠

これまで無理をしてきたのとは反対に、私は周囲の人が支えてくれたおかげで、少しずつですが言葉が出てくるようになりました。
緘黙に限らず、精神的な病気を治すにはここが一番大切なのかもしれません。

もし家族や友達に理解のある人がいなくても、学校や職場のカウンセラーに一度話をしてみてはどうでしょうか?
辛い気持ちを誰か一人でも受け止めてくれるなら、少しだけ気持ちが楽になるはずです。

まとめ

いかがでしたか?
緘黙のことを初めて知ったという人には、この記事を通して緘黙の実情を少しでもわかってもらえたらいいな、と思います。

思うように声が出ないというのは、社会で生きていくことにおいてはある意味手足をもがれるぐらい辛いことです。
せめて筆談とかができればいいんですが、世の中にはあまり理解されていないためなかなかそうはいかないのが現実です...。


この記事で初めて緘黙を知ったという方へ。
もし身近に全くしゃべらない人がいたら、それは緘黙かもしれません。
そんな人には、出来る限り普通に接してください。
何も語らないかもしれないけど、内心めっちゃ嬉しいので。

そして緘黙当事者の方、読んでて辛くなるような箇所があったらごめんなさい...。
あなたたちは、他の人よりできることが少ないと思うかもしれない。
でも、だからこそ、他の人の何倍も「頑張って」います。
嫌な言葉を浴びせてくる人がいても、月並みな言葉ですがもっと堂々としていていいんですよ。
そもそも、大して頑張った経験のない人があなたたちの頑張りを否定すること自体ナンセンスなんですから。
他人の足を引っ張る奴なんて、器の小さい奴なんです。
そんなザコキャラを相手にするより、自分自身と精一杯向き合いましょう。(もちろん、無理は禁物ですよ)


私もここで経験をアウトプットすることで、自分自身と向き合っていきます。
戦うべき相手はいつも自分。他の人間ではありません。
共に成長していきましょう。