ちくちくと。~声に出せないほんとのところ~

私の病気のことや、趣味について書いてます。扱っている話題については基本ノンジャンルです。

場面緘黙症が治ったあとに気を付けたいこと

こんばんは、ミユキです。

今日は、場面緘黙症が治った後に気を付けたいことについて。

...といっても、まず場面緘黙症という病気自体がレアなのに治った後のことを話されても...って感じですよねw

うん、わかります(笑)

 

そもそも、何でこの記事を書こうと思ったかというと、元緘黙の人と関わる機会が少しずつ増えてきたからです。

私が緘黙の話をすることによって、今緘黙で苦しんでいる人や元緘黙の人と考えを共有したいという気持ちが強くなっていきました。

なので今回の記事の対象は、おそらくものすごくピンポイントになってしまいますが、今緘黙の人が少しでも参考にしてくれたらうれしいし、元緘黙の人には共感してもらえたら幸いです。

(ただ、あくまで私の体験談なので必ずしもみんながそう、というわけではありません。ご了承ください。)

 

それに、もし緘黙が運よく早い時期に治った場合、緘黙のときより治った後の人生の方が長いわけです。

それが社会に出る前なら早めに対処しておくことは特に大事になってくると思うので、治った後のことを語るのって実はすごく意義のあることだと思うんですよ。

なので今回は、治った後に特に気を付けたいことを私の経験から書いてみようと思います。

 

ちなみに、この先の文章は人を傷つける意図はありませんが、もしかしたら当事者の方にとっては読んでいて辛くなってしまうことがあるかもしれません。

私としても表現には気を遣っているつもりですが、もし読んでて辛くなってしまった場合は無理して読まなくても大丈夫ですからね。

そのときは、またの機会に読んでくれたらうれしいです(^-^)

 

 不満がボロボロ出てくる

緘黙が治って最初に気が付いたことは、これまで抑圧されていた感情がせきを切ったかのようにボロボロ出てくる、ということです。

それは主に今自分が置かれている状況に対する不満だったり、誰かに対する怒りだったり。

緘黙の人は普段感情を抑圧してしまうことが多いので、治った途端こうなるのはある意味自然なことではあるのでしょうが、これがきっかけで周囲の人に八つ当たりしてしまったり、最悪嫌われてしまうこともあるかもしれません。

 せめて感情を爆発させずマイルドに話せればまだいいんですが、あまりにも愚痴っぽくなってしまうのはやっぱりあまりいいことじゃないので、ここはノートに書くなりして発散させることをおすすめします。

 

人付き合いが困難

いくら話ができるようになったといえども、治ったあとの人付き合いは困難になることが多いと思われます。

 

というのも、緘黙の人はおそらく、これまでに人と関わる経験が他の人より圧倒的に少ないがために人との距離感が掴みづらいのです。

そのため、きょどきょどしながら初対面の人に話しかけにいって失敗したり、逆にちょっと仲良くなった人に馴れ馴れしくしすぎてその後の人間関係がうまくいかなくなるということもあるかもしれません(緘黙の人は人に対して慎重になりすぎることが多いので、これはあまりないかもしれませんが…。)

 

正直、こればかりは自分で探り探りやっていくしか方法はありません。

人間は一人一人違うので、「何をされてうれしいか」「何を言われたら嫌なのか」といったことは当然人によって違います。

この辺は基本常識の範囲内でやっていけば問題はないのですが、状況によってはそれがふさわしくなく、結果かえって相手に不快な思いをさせてしまうことももしかしたらあるかもしれません。

 

また、「相手が疲れていて機嫌が悪い」などの理由で突然邪険に扱われ、傷ついてしまう場合もあるでしょう。

これはたくさんの人と関わってきた経験のある人たちならある程度察して回避することができますが、人と関わる経験の少ない元緘黙の人達は、初めはその見極めがどうしても難しくなります。

 

あとは場の空気を読むとかもそうですね。

これも慣れていくしかないですね...。

緘黙の人達は「遠慮しなくていいんだよ」とか言われることが多いので、そこをはき違えないように気を付けましょう。

 

このように、人間関係は元緘黙の人達にとって最も大きなハードルになります。

緘黙の症状が出ているとき、もし周囲に良い人がいて声をかけてもらったり親切にしてもらえれば、自分が何もしなくても相手が何かしらのアクションを起こしてくれるわけなので、受動的な人間関係になります。しかし、緘黙が治ってからは自分から積極的に他人と人間関係を築いていかなければならず、能動的に相手に働きかけることが求められます。

これが、緘黙が治る前と治ってからの大きな違いです。

 

 

 治ってからもたくさんの試練が...。

このように、緘黙は治すだけがゴールではないのです...。

むしろ、治ってからが本当の意味でのスタートと言っても過言ではありません。

 

治ってからは「これまでの遅れを取り返す」ぐらいの感覚なので、精神的にハードに感じることも多いかもしれません。

この過程で、最悪の場合社交不安障害などの精神疾患にかかってしまうこともあるようです。

(私もそうですが...。)

 

なので、ここで声を大にして言いたいことはやはり「無理をしない」ことですね。

現実的なことを言ってしまえば、緘黙が治ったからと言ってもいきなり話すのが得意になるわけではないし、メンタルが強くなるわけでもありません。

(精神的に一段階成長することはできますが)

私も、一応治ってはいますが後遺症は残っているし、人の集団の中に入っていくのは未だに怖いです。

だからこそ、ここからよりよい状態に持っていくためには無理をせず、あまり負担をかけずに少しずつ少しずつやっていくのがいいのでは、と個人的には思います。

無理をすることが一番よくないので、焦らずに自分のペースで慣れていけばいいんですよ。

できればカウンセリング専門施設でカウンセリングを受けながらの方がいいかのしれませんね。

 

ちなみに、病院のカウンセリングは専門の資格を持ってない人がやってたりするのであまりおすすめはできません。

臨床心理士のいるカウンセリング専門施設で見てもらった方が良いでしょう。

ただ、相手が人間である以上合う合わないはあるのでそこもまた難しいところではありますが...。

 

 

終わりに

いかがだったでしょうか?

もし、まだ緘黙が治っていない当事者の方で先のことが不安になってしまったりしたらごめんなさい。

ただ、できることなら治った後のことも頭の隅に置いといてほしいな、という気持ちでこの記事を書きました。

「治った後のこと」というのは、長い長い苦しみを経ての結果であり、未知の世界です。

その未知の世界が見えてくることは嬉しい反面、大きな不安もあるでしょう。

その対策を少しでも知っておけば、きっといくらかは楽になると思います。

 

社会に出ていくには、とてつもない負担を伴います。

本当はその負担をもっと軽くできたらいいんですが、そこは私自身も模索中。

焦らず、自分のペースで生きていきましょう。